●童話・少年と水がめ●
1997.8


 慌てて周りを見回すと、水がめは少年の近くに沈んでいた。ふたもちゃんと閉まっているし、どうやら中身は無事だったようだ。
 ヤレヤレと水がめを抱えて川からあがる。
 服は当分乾きそうにないが、このカラッとした暑さの中だとかえっていいかもしれない。とにかく早いとこ、水がめをもっていこう。うん、そうしよう……と、少年は気をとりなおして砂利の上を歩きはじめた。

 しかししばらく歩いて、なんだか水がめの様子がおかしいことに気がついた。水がめは岸にあがってからずっと手に抱えていたのだが、さっきから絶え間なく水がしたたり落ちている。

 (もしかして!)

 少年の顔が、みるみる青くなっていく。
 全身ぬれていたので今まで気づかなかったが、水がめの底に小さなひびが入っていて、そこからずっと中身がもれだしていたのだ。
 このままだと、ばあちゃんちに着くまえに水がめの水は……!!
 そう考えた時には、少年は水がめの底を手でおさえ、もう駆け出していた。

(この水は絶対に、絶対にばあちゃんに届けなきゃいけないんだ!
 父ちゃんに言われたんだから!
 大切な水なんだから!)

 砂利につまずきそうになるが、今は足元を気にしてなんかいられない。
 草をかきわけ、森のなかを必死に走る。水がめからしたたった水が、あとにポタポタ落ちる。
 どれくらい走っただろうか。
 木々の間からばあちゃんちがようやく見えてきた時、少年は思わず「ばぁーちゃーん!」と叫んでそのまま玄関に突進していった。
 ガラス戸を勢いよく開け、早く!早く!と奥にいるはずのばあちゃんを必死で呼ぶ。そうこうしているうちに、手に抱えた水がめの下にはもう水たまりができている。
「まぁまぁ、何だっていうんだい」
 ようやく気づいてくれたらしい。奥の部屋から顔を出したばあちゃんは、孫の慌てぶりに驚いてすっとんできた。
「どうしたんだい、その水がめ」
「これ!これ……」
 あいさつすることも忘れて、少年は水がめをばあちゃんに押しつけたが、
「ほらほら、ちょっと落ちついて」
 ばあちゃんは落ちつかない少年を制し、受けとった水がめのふたをパカリと開けた。
二人で顔をくっつけて中をのぞく。
 水がめを横にして、かろうじてたまる程度……。中の水はほとんど無いといってよかった。

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