●童話・少年と水がめ●
1997.8


「うわぁっ!!」
 砂利につまずいて転びそうになり、思わず少年は声をあげた。
 なんとか体制をたて直し、背中に手をやる。そしてかごの中のものが無事なことを確かめて、ホォー……とため息をついた。
(まだ砂利道が続くんだなあ)
 すぐ横は川が流れている。浅いが流れは速い。太陽の照り返しで、水面がキラキラと輝いている。しかし今の彼にはその景色を楽しむ余裕さえなかった。
 なぜなら、少年は今、とても大切な「届け物」を運んでいる最中だったからだ。

 少年が背おっている「届け物」は、一つの小さな水がめだった。
「この水がめの中には大切なものが入っている。これをばあちゃんに渡してこい。渡してくるまで家の中には入れさせんからな」と父親は言って、その水がめを息子に手渡した。
 そう。それは少年に対する”おしおき”だった。
 ことの起こりは前の日の晩。父親の漁の道具を少年が勝手に使って、壊してしまったのだ。しかし、ちょっと修理すれば直る程度だし……と思い、少年はそのことをずっと黙っていた。それが今朝バレてしまった。

(これを届けなきゃ、絶対に父ちゃん許してくれそうにないもんなぁ)
 ざっくざっくを砂利を踏みしめながら、少年はまたもや深いため息をついた。
 水がめは小さい割に重く、歩く度にタプンタプンと水音がする。
 ふたをちゃんとしめてかごに入れてはいるが、転んでひびでも入ったら大変だ。中の水の正体が分からないこともあって、少年は歩きながらも気が気ではなかった。

 太陽はちょうど少年の真上にのぼっている。もうお昼だ。いつもならとっくにばあちゃんちに着いて、昼ごはんをごちそうしてもらっている頃だろう。
 ぐぐーっ……と少年のお腹が鳴った。
(お腹すいたなぁ……)
 空腹に夏の日差しは結構こたえる。少年は木々で日陰のできている反対岸に行くことにした。この辺りは中流なので、歩いて川を渡ることができる。
 うす汚れたズボンのすそをまくり上げ、ざぶざぶと川へ入っていく。水面がひざあたりまで来た。冷たい水が、とっても気持ちいい。
 この水がめの中身が飲めたらいいのに、と少年はぼんやり思った。
 もうしばらく川沿いに歩いたら、ばあちゃんちはすぐそこだ。そうしたらおにぎりでも作ってもらおう。
 特大のおにぎりを思い浮かべながら、背負ったかごの中をのぞこうととした、ちょうどその時。
 突然、水の流れが速くなった。
「う、うわっ…」
 そこだけ水流の激しい場所だったらしい。足元から注意をそらしていた少年は不意をつかれてしまった。
 水流に足をとられ、バッシャーン!と後ろに倒れこむ。
 全身ずぶぬれでしばらくうめいていたが、ハッと後ろに手をやった。……するとかごの中にあるはずの水がめが、無い!

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